■12月13日の南京城陥落を前にして、仲間内での雑談の「ネタ」を提供します。
それは、戦後、「日本罪悪史観」の象徴に浮上している「南京虐殺」を、アメリカは、中国人の仕業と特定していたのです。
これは、「日本罪悪史観」NHKラジオ日本人洗脳放送『眞相箱』(聯合國最高司令部・民間情報教育局編)の台本を発掘した小生が精査した結果、アメリカが作成した同台本の「南京」を採り上げているところに、歴史認識を大転換できる「あっと驚く隠し玉」を仕掛けてあったのです。
これを明らかにすると、「南京大虐殺」派は、声を大にして「誤植」と言い訳しまくるでしょうが、アメリカの責任者は既に亡くなっているので、「誤植」と証明することは不可能なのです。
★これは、漫画以上に面白いことなので、皆さんも御自由に使ってください。
同台本の内容は、「…南京城内の各街路は、数週間にわたり惨死者の流した血に彩られ、またバラバラに散乱した死体で街全体が覆われたのであります。この間血に狂った日本兵士らは、非戦闘員を捕え手当たり次第に殺戮、掠奪を逞しくし、また語ることも憚る暴行を敢えて致しました。」(『南京の実相』のグラビアに収録した当時の朝日新聞が掲載した写真で嘘と分かります)とか、「日本軍兵士は、街頭や家庭の婦人を襲撃し、暴行を拒んだものは銃剣で突き殺し、老いたる六十歳の婦人から、若きは十一歳の少女まで見逃しませんでした。…」(『南京の実相』の表紙の写真二枚だけで嘘と分かります)と、酷い台本ですが。
★なんと、このラジオ放送のタイトルが【陥落前の南京】であり、陥落前の残虐行為は日本軍には不可能なのです。(笑)
この「陥落前」を、誤植と言い訳できる唯一の方法は、「南京大虐殺」派が「誤植」の証明をすることなのです。しかし、今となっては不可能なのです。(笑)
『眞相箱』の前に放送されていた『眞相はかうだ』は、一方的な日本軍批判のオンパレードだったことから、批判が集中したことを考慮して、『眞相箱』では、姑息にも「真実」を少し織り交ぜて台本を作成していたのです。
それは「もしも日本軍さえ入城してくれるなら、中国軍のドサクサにまぎれた暴行掠奪も終るだろう、と期待したものです」と、日本への期待と暴行掠奪が中国軍の仕業だったことも放送していたのです。この中国軍の悪行に関して、「南京大虐殺」派は一切無視しています。
★【陥落前の南京】の冒頭に「我が軍が南京城壁に攻撃を集中したのは、昭和十二年十二月七日でありました。」と、なっているが、日本軍が南京城に攻撃を開始したのは十二月十日正午からであり、同七日は蒋介石が南京から遁走した日であり、南京城内の掠奪・放火・破壊などの行状は、そのまま蒋介石軍の仕業と解釈してもさしつかえないのです。
★この二十数年間、南京問題の真相究明をしていた本物の研究者・阿羅健一氏が、旧軍関係者と信頼関係を構築できたのは、日本人としての控えめな性格を持ち合わせていたからでした。
それ故、「南京問題」を名誉や商売の道具にする輩の陰に隠れ、一般国民の目に触れることがあまりありませんでした。これは、国民にとって不幸なことでした。戦前世代と戦後生まれ世代の橋渡し役を担ってくれた阿羅氏がいなかったら、「南京問題」を終結させることは不可能だったことでしょう。
南京城陥落の日に日中両戦没者の追悼に想いを馳せ、阿羅健一著『「南京事件」日本人48人の証言』(小学館文庫)を、読まれることをお勧めします。父祖世代の日本人の心がそこにあります。
それは、戦後、「日本罪悪史観」の象徴に浮上している「南京虐殺」を、アメリカは、中国人の仕業と特定していたのです。
これは、「日本罪悪史観」NHKラジオ日本人洗脳放送『眞相箱』(聯合國最高司令部・民間情報教育局編)の台本を発掘した小生が精査した結果、アメリカが作成した同台本の「南京」を採り上げているところに、歴史認識を大転換できる「あっと驚く隠し玉」を仕掛けてあったのです。
これを明らかにすると、「南京大虐殺」派は、声を大にして「誤植」と言い訳しまくるでしょうが、アメリカの責任者は既に亡くなっているので、「誤植」と証明することは不可能なのです。
★これは、漫画以上に面白いことなので、皆さんも御自由に使ってください。
同台本の内容は、「…南京城内の各街路は、数週間にわたり惨死者の流した血に彩られ、またバラバラに散乱した死体で街全体が覆われたのであります。この間血に狂った日本兵士らは、非戦闘員を捕え手当たり次第に殺戮、掠奪を逞しくし、また語ることも憚る暴行を敢えて致しました。」(『南京の実相』のグラビアに収録した当時の朝日新聞が掲載した写真で嘘と分かります)とか、「日本軍兵士は、街頭や家庭の婦人を襲撃し、暴行を拒んだものは銃剣で突き殺し、老いたる六十歳の婦人から、若きは十一歳の少女まで見逃しませんでした。…」(『南京の実相』の表紙の写真二枚だけで嘘と分かります)と、酷い台本ですが。
★なんと、このラジオ放送のタイトルが【陥落前の南京】であり、陥落前の残虐行為は日本軍には不可能なのです。(笑)
この「陥落前」を、誤植と言い訳できる唯一の方法は、「南京大虐殺」派が「誤植」の証明をすることなのです。しかし、今となっては不可能なのです。(笑)
『眞相箱』の前に放送されていた『眞相はかうだ』は、一方的な日本軍批判のオンパレードだったことから、批判が集中したことを考慮して、『眞相箱』では、姑息にも「真実」を少し織り交ぜて台本を作成していたのです。
それは「もしも日本軍さえ入城してくれるなら、中国軍のドサクサにまぎれた暴行掠奪も終るだろう、と期待したものです」と、日本への期待と暴行掠奪が中国軍の仕業だったことも放送していたのです。この中国軍の悪行に関して、「南京大虐殺」派は一切無視しています。
★【陥落前の南京】の冒頭に「我が軍が南京城壁に攻撃を集中したのは、昭和十二年十二月七日でありました。」と、なっているが、日本軍が南京城に攻撃を開始したのは十二月十日正午からであり、同七日は蒋介石が南京から遁走した日であり、南京城内の掠奪・放火・破壊などの行状は、そのまま蒋介石軍の仕業と解釈してもさしつかえないのです。
★この二十数年間、南京問題の真相究明をしていた本物の研究者・阿羅健一氏が、旧軍関係者と信頼関係を構築できたのは、日本人としての控えめな性格を持ち合わせていたからでした。
それ故、「南京問題」を名誉や商売の道具にする輩の陰に隠れ、一般国民の目に触れることがあまりありませんでした。これは、国民にとって不幸なことでした。戦前世代と戦後生まれ世代の橋渡し役を担ってくれた阿羅氏がいなかったら、「南京問題」を終結させることは不可能だったことでしょう。
南京城陥落の日に日中両戦没者の追悼に想いを馳せ、阿羅健一著『「南京事件」日本人48人の証言』(小学館文庫)を、読まれることをお勧めします。父祖世代の日本人の心がそこにあります。
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